「サボった?」
「お前が三日も休んでるから」
「あ」
少し頬が紅潮する。
「だから瑠駆真と二人で探す事にした」
「瑠駆真も」
「ヤツもその辺りにいる」
言って適当に辺りを顎で示す。
「どうしてココがわかったの?」
「適当。偶然だ」
握る掌の力を強める。
「それよりもこっちの質問に答えろ。あの女は何だ?」
紙袋に視線を落とす。
「何をもらった?」
覗き込もうとするのを慌てて遮る。小瓶を持っていた手にも思わず力が入り、キャップが外れた。それも慌てて抑える。
「関係ないでしょ。私のモノなんだから勝手に見ないで」
「だったら言えよ。何だ? 何を貰った? なんでこんなところに居る? なんで三日も休んでんだ?」
立て続けに尋ねられる。
「どれでもいいからサッサと答えろ」
「ちょっと、こんなところでやめてよ。人が見てる」
「構わねぇよ」
手を引き、引き寄せる。
「嫌だったらサッサと答えろ」
「ちょっと」
「俺は短気だ。そして今、虫の居所がひじょぉぉうに悪い。言う事聞かねぇと、何するかわからねぇぜ」
「ちょ、ちょっと」
圧し掛かるように身を寄せてくる聡。
やだ、ちょっと、目がマジ。ヤバイッ!
どうにかして逃げなければと、瞳を泳がした時だった。
「やだぁ、最近の若者はダイタァン」
甘ったるい声とともに、ガバリと背後から抱き締めてくる誰か。ヒャッと思わず叫び声をあげる美鶴。その耳元に、タバコの臭いが吹きかかる。
「こんなトコロでキスだなんて、ヤラシー」
「ユ、ユンミさんっ」
目を丸くするのと、無理矢理に聡から引き剥がされるのが同時。
「こんな暑苦しい日に、こんなところでイチャつかれても、見てるこっちは蒸さ苦しいだけなのよねぇ」
「お前」
ユンミの乱入に動揺する。不意をつかれて美鶴を取られ、空っぽになった手は宙ぶらりん。
「お前、どうしてココに?」
「うーん、偶然。それよりもぉ」
ユンミの言葉に異論を唱えようとする聡を視線で遮る。
「アンタたちこそ、こんなところで何やってんのかな? ひょっとして、マジでキス?」
「違いますっ!」
即否定の美鶴。大声に数人が振り返る。
「だったら何?」
「お前にはカンケーねぇだろ」
「あらぁん、友人の一人として聞きたいワン」
腰をクネらす。好奇の視線の数が増す。
「関係ナイだなんて、冷たいわね」
「こっちの話だ。二人で話してたんだ。お前には関係ない」
イライラと片手を振る聡。
「とにかく、美鶴を返せ」
「あら? 美鶴って、あなたのモノだったの?」
途端、聡の頬が紅くなる。
「そうじゃない。そういう意味じゃなくって」
「あら、可愛い」
「おまえぇぇぇぇっ!」
シューシューと頭から湯気が出ている。
ユンミさん、あんまり挑発しない方が。
自分の言動を棚にあげて勝手に懇願する美鶴の方へ、聡が猛烈な勢いで腕を伸ばした。
「とにかくこっち来いっ!」
「うわぁっ」
手首を捕まれ、美鶴は思わずもう片方の手を聡へ向けてしまった。
シューッ!
爽やかで少し甘い香りが立ち上る。あ、いい香り。だなんて気楽な雰囲気をぶち壊す奇声。
「うわっ! な、なにするっ、なんだコレッ! あ、目に」
両手で顔を押さえる聡。唖然と自分の手元を見つめる美鶴。
薄めた、ベルガモット。
かけちゃった?
瞬きする間に腕を引っ張られる。
「うわっ」
「うわっ じゃない。ほら、逃げるわよ」
「え?」
抵抗できぬままユンミに引っ張られる。
「あ、あの、ユンミさん」
「なにボケッとしてんのよ。あの男でしょ。アンタを追いかけまわしてんの。部屋まで押しかけて」
「えっと」
ち、違う、かな。でも、追いかけ回されてるってのは、ちょっとホント、かな?
「また男に捕まって厄介な事にでもなってアタシに泣きつかれたりしたら、困るのはこっちなのよねぇ」
な、泣きついたりした覚えはないんですけど。ただ部屋に転がり込んだだけであって。
「かと言ってあの状況だと、話してワカる相手でもなさそうだし。だいたい、アタシがちょっとからかっただけで頭に血がのぼっているようじゃ、話し合いなんてムリよね」
「あはははは」
「これは徹底的に逃げて、アンタにはその気がナイって事を見せしめてやんないとダメよ」
「え?」
「なによ、その反応。それともナニ? 少しは気があるっての?」
「な、ないナイ。ありまセン」
「だったらあんな中途半端な態度なんてダメよ。人目だかなんだか知らないけれど、嫌なら徹底的に嫌がらないと」
「徹底的に?」
「でないと相手に、少しは俺に気があるのかなぁ、なんて誤解させちゃうわよ。ま、そうやって思わせぶりな態度とって相手を面白がってる女もいるけどね。アンタもそのクチ?」
「違います」
「だったら徹底抗戦しなさい」
「は、はい」
私の態度って、思わせぶりだったのかな。ちゃんと霞流さんが好きだから諦めてくれって口で言ったのに、それじゃダメなのかな?
じゃあ、もし逆に、私が霞流さんに諦めろって言われたら? 好きな人がいるからもう近寄るな、なんて言われたら?
胸が締め付けられる。息切れがする。きっとユンミに引っ張られているからだ。
そうだよ、いくら聡や瑠駆真に悪いからって、やっぱり私は霞流さんのコトが好きなんだし。
項に汗が流れる。
徹底的に、何もかも忘れて、ただ霞流さんだけを見て。
蒸し暑さが纏わりつく。鬱陶しい。まるで、望みもしない愛情を押し付けてくる聡や瑠駆真のようだ。
いらない。そんなモノはいらない。応える事のできない愛情なんて、私には必要無い。ただ望むのは霞流さんだけ。
息が切れる。
だったら、こうやって全力で、徹底的に、追いかければいいんじゃない?
何もかもを捨てて。
捨てるものなんて無い。自分は、もともと何も持ってはいないはずだ。だから、捨てるものなど、無いはずなのだ。
だったら怖くない。何も、怖いことなど何も無い。
決めよう。心を決めてしまうんだ。
青い小瓶を握り締める。
爽やかな香りだったな。顔にかけちゃった。目に入ったかな。
ちゃんと流水で洗わないとダメだよ、聡。
背後に語りかけながら、美鶴はユンミの手を強く握り締めた。
不意を突かれて顔を覆っていた聡は、目を擦りながら顔をあげる。
「あのヤロー」
野次馬の隙間に美鶴を探すが、もうどこにもその姿は無い。
「どうしたんだ?」
騒ぎに駆けつけた警官らしき男性。
「何があったんだ?」
厄介だな。
咄嗟に思う。
ヘンに騒いで事件だと思われたら厄介だ。唐渓の名が知れて親でも呼ばれたらそれこそ大変だ。
瑠駆真に言われて私服に着替えておいて正解だった。
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